残雪の楽園へ — 鳥海山バックカントリー登山録(2025.4.28)

スノーボード

はじめに

鳥海山とは

鳥海山(ちょうかいさん)は、山形県と秋田県にまたがる標高2,236mの活火山で、「出羽富士(でわふじ)」や「秋田富士」とも呼ばれる、美しい独立峰です。日本海から直接立ち上がるその姿は、遠く離れた場所からでもはっきりと望むことができ、古くから信仰の対象とされてきました。

その成り立ちは活火山らしくダイナミックで、なだらかな裾野から一気に聳え立つ山体には、火口原や溶岩ドーム、雪渓が織りなす独特の地形が広がっています。冬から春にかけては大量の雪に覆われ、春山シーズンにはバックカントリーの聖地として多くの登山者や滑走者を惹きつけます。

特に4月から5月にかけては、豊富な残雪と日本海を見下ろす圧巻のロケーションが魅力。上部には広大なオープンバーンが広がり、思い思いのラインを刻むことができます。一方で、天候急変や雪崩リスク、急峻な地形によるトラブルも多いため、しっかりとした準備と経験が求められる山でもあります。

山頂から望む景色は、遮るもののない360度の大展望。眼下には日本海、振り返れば鳥海山の雄大な稜線が広がり、晴れた日には男鹿半島や佐渡島まで見渡すことができます。

春の残雪期、鳥海山はまさに「雪と空と海が繋がる場所」。自然の壮大さと、滑走する喜びを同時に味わえる特別な山です。

4月末を選んだ理由

鳥海山の春山バックカントリーを計画するうえで、登山口までのアクセスは重要な要素になります。
今回目指したのは、秋田県側の矢島口登山口。冬季期間中はここへ通じる道路も深い雪に閉ざされ、アクセスできませんが、例年4月下旬に冬季通行止めが解除されるため、登山・滑走が可能になるのはこのタイミング以降となります。

2025年も同様に、4月末の開通予定を事前に確認し、道路開通直後を狙って最速でのアプローチを計画しました。
これにより、まだ豊富に残る春の雪を最高のコンディションで滑ることができるチャンスを得ることができます。

4月末は、標高の高い斜面にしっかりと雪が残りつつも、気温上昇によって雪質が安定し始める時期。ザラメ雪特有の軽快な滑走感を楽しむには絶好のタイミングです。

登山計画と装備

ルート概要

今回の鳥海山バックカントリーは、矢島口登山口を起点にしたルートで計画しました。
登山口近くの駐車場に車を停め、早朝6時47分に出発。まずは緩やかに続く雪の上を進み、わずか数分で祓川(はらいがわ)ヒュッテに到着します。ここから本格的な登りがスタートです。

祓川からは広い雪面を詰めながら標高を上げ、約4時間近い登高の末、10時41分に**七高山(標高2,229m)に到着。
ここで小休止を挟み、さらに稜線沿いを進み、11時58分には本日の最高点となる
鳥海山本峰・新山(標高2,236m)**を踏みました。

新山山頂で景色を堪能した後は、再び七高山方面へと戻り、12時55分に七高山に再到着。
その後は一気に滑走モードに切り替え、矢島口まで滑り降りる形で下山。13時28分、無事に駐車場へ戻りました。

今回のルートは、矢島口から祓川経由で七高山を目指し、さらに新山へ登頂するオーソドックスながらも登りごたえと滑りごたえの両方が楽しめるルート
春の鳥海山らしい広大な雪原と、雄大な眺望を満喫できる贅沢な一日となりました。

【日本百名山】鳥海山 雪山登山【バックカントリー】 / HAL9000さんの鳥海山・七高山・笙ヶ岳の活動データ | YAMAP / ヤマップ

装備リスト

【登山・滑走用装備】

  • スノーボード(またはスプリットボード)、バックカントリースキー
  • シール(クライミングスキン)
  • BCブーツ(またはスキーブーツ)
  • ストック(伸縮式)
  • アイゼン(急登や氷結部分対策)
  • ピッケル(滑落防止用/稜線用)
  • バックパック(30〜40L程度)
  • ヘルメット(滑走時・落石対策)

【安全装備】

  • ビーコン(雪崩対策)
  • プローブ(ゾンデ棒)
  • ショベル
  • ファーストエイドキット
  • ヘッドライト(予備電池込み)

【ウェア・防寒装備】

  • シェルジャケット・シェルパンツ(防風・防水)
  • ミッドレイヤー(フリースまたはインサレーション)
  • ベースレイヤー(吸汗速乾性)
  • グローブ(予備も含めて2組)
  • バラクラバ
  • サングラス(標高による紫外線対策)
  • ゴーグル(滑走時用)

【その他・行動装備】

  • 行動食・補給食(ジェル、ナッツ類など)
  • 水分(ハイドレーションまたはボトル)
  • モバイルバッテリー(スマートフォン用)
  • 地図・GPS端末(アプリ併用)
  • 登山届の提出(事前提出または登山口提出)

当日の天候とコンディション

気温、風、天気

当日の気温は、春山らしく比較的高めで、登山開始時点では寒さをあまり感じることはありませんでした。
ただし、登りの中盤以降、標高が上がるにつれて風が次第に強くなり、体感温度は一気に低下。特に七高山付近では、立ち止まると一気に身体が冷えるほどの風が吹いていました。防風対策のシェルジャケットが必須だったと言えます。

天気は、早朝は薄曇りのスタート。直射日光はあまり強くなく、登りの序盤は比較的快適なコンディションでした。
その後、徐々に雲が薄れ、七高山から新山へ向かう頃には晴れ間が広がり、抜群の展望を楽しむことができました。
特に山頂付近では、日本海と鳥海山特有の広大な雪原がくっきりと見え、春の澄んだ空気を感じる最高の瞬間となりました。

総じて、登り序盤は穏やか、中盤以降は風に備えるべきコンディション。春の鳥海山らしい、変化に富んだ一日でした。

雪の状態

登りの序盤から中盤にかけては、気温が低めだったこともあり、雪面はしっかりと凍結していました。
表面はパリパリと硬く、同行者のシールでの登行中もエッジが効かずスリップしそうになる場面も。特に標高を上げるにつれて勾配が強まり、慎重な登りが求められました。

しかし、時間が進み、太陽が出て気温が上がるにつれて、雪は次第に緩み始めました。
山頂(新山)からの滑走を開始する頃には、程よく雪が緩んだザラメ状になり、エッジの食いつきもよく、非常に気持ちのいい滑走コンディションに。
適度な沈み込みと走る雪面のおかげで、ターンもしっかりと決まり、春ならではの軽快なライディングを楽しむことができました。

全体としては、朝は凍結、下山・滑走時には緩んだ理想的な春雪という、時間帯をうまく活かした最高の一日になりました。

登攀記録

登山口スタート

6時47分、矢島口登山口からのスタート。
駐車場には数台の車が停まっており、まだ早朝の静けさが残っています。気温はそれほど低くなく、春の温かみが感じられる穏やかな朝です。
準備を整え、スノーシューを装着していよいよ出発します。

最初の数分は比較的緩やかな登りが続きますが、雪は軽く凍っており、スノーシューがしっかりと効いてくれます。雪面がパリパリとした音を立てながら進んでいく中、登りながら少しずつ開けていく景色にワクワク感が高まります。
周囲にはまだ薄曇りの空が広がっており、春の空気が感じられますが、寒さがきつくないため、動きやすさも抜群です。

登山口スタート時点では、鳥海山の壮大な姿に圧倒されつつ、春の雪山を登る喜びを感じながら、ゆっくりと山の世界へと足を踏み入れていきました。

登りの様子

登りの序盤は比較的緩やかな斜面が続き、特に疲れることなく順調に登っていけました。

しかし、標高を上げるにつれて勾配が急になり、長く続く厳しい登りが待ち構えていました。ここからは、油断せず慎重に進まなければならない状態に。スノーシューを装着しても雪が緩い箇所ではズルズルと滑ることもありました。


七高山から新山までの登りは、特に危険が伴う部分が多く、雪崩や落石のリスクも考慮しなければなりません。
この部分は初心者にはかなり厳しく、経験者でも慎重に行動すべき箇所です。自分のペースで安全を最優先に進むことが非常に大切だと実感しました。

それでもスノーシューの安定性のおかげで、全体的には着実に進めました。標高が上がるにつれて景色が広がり、登る楽しさも増していきましたが、精神的な緊張も高まりました。

山頂到達

七高山に到達した後は、いよいよ本日の目標である新山を目指して最後の登りに挑みます。
七高山からは、広がるオープンバーンが見渡せ、滑走を前にしてもその素晴らしい景色に心が躍ります。風景とともに広がる雪原に包まれ、少しでも休憩を挟んで、心を落ち着けて登頂を続けました。

新山山頂に到達したとき、最初に感じたのは静けさでした。周りにはトレースもなく、人の気配も全くありません。登山道は誰も踏み入れておらず、全くの無人地帯に自分だけが立っている感覚。
その分、山頂からの眺めは素晴らしく、息を呑むほどの美しさ。日本海を見下ろし、鳥海山ならではの広大な景色が広がっていました。

しかし、新山の山頂は危険な地形でもあり、雪の状態や風の影響も大きいため、登頂には慎重さが必要でした。
無事に山頂に立ったとき、ここまでの道のりの厳しさと慎重に行動した結果への達成感が込み上げてきました。

滑走記録

滑走ルートの選定

鳥海山の魅力のひとつは、七高山周辺に広がる広大なオープンバーン
どこを滑っても気持ちのいい一枚バーンが続き、自分の好きなラインを自由に描くことができる、まさにバックカントリースキー・スノーボードの醍醐味を味わえるエリアです。
雪も程よく緩み、ターンのたびに板が気持ちよく走り、爽快な滑走を楽しむことができました。

しかし、あまり自由に滑りすぎると、下山口である矢島口登山口から外れてしまうリスクもあるため、滑走ルートの選定には注意が必要です。
特にオープンバーンが広大なため、滑っていると自分がどの方向に向かっているか分からなくなりやすく、意識的に登ってきたラインや目印を確認しながら滑ることが重要でした。

快適な滑走を楽しみつつも、随所で地形や方向を確認し、安全に登山口へ戻ることを心がけながらラインを選びました。
広大な自然の中で自由に滑る楽しさと、冷静な判断力の両方が求められる滑走でした。

滑り出しの緊張感と歓喜

新山の山頂に到達し、いよいよ滑走の準備へ。
ここでまず感じたのは、スノーボードを装着する瞬間の緊張感でした。
目の前にはどこまでも続く広大なオープンバーン。
この雪面で、もし板を落としたら、誰にも止められずそのままどこまでも滑り落ちていってしまう——そんな想像が頭をよぎり、慎重に、ひとつひとつ確実に動作を進めました。

装着が無事に完了し、滑り出す直前には、もう歓喜の感情しかありません
どこまでも広がる純白のオープンバーン、自分だけの滑走ラインを描ける自由、そしてここまで辿り着いた達成感。
すべてが一つになって、心の底から「滑りたい!」という純粋な喜びが湧き上がってきました。

雪質とラインの感想

登りのときは表面がパリパリに凍っていましたが、日中の陽射しで程よく緩み、春らしいザラメ雪に変わっていました。
板のエッジがしっかり噛みつつも、ターンをするときには軽やかに雪が押し返してくる感触。板が自然に走り出すような滑らかさがあり、非常に気持ちのいいコンディションでした。

ライン取りに関しては、目の前に広がる広大なオープンバーンを活かして、自分だけの自由なラインを思い切り描くことができました
どこまでも続く緩やかな斜面と適度な雪の柔らかさのおかげで、大きなターンも小回りのターンも自在。
途中、微妙に起伏のある地形を見極めながら滑る楽しさもあり、自然のままの雪面をダイレクトに感じながら滑る贅沢な時間でした。

全体を通して、ストレスを一切感じることなく、雪質もラインも最高に気持ちいい滑走を楽しむことができました。

振り返りと反省点

良かった点

今回の鳥海山バックカントリーでは、いくつもの良かった点がありました。
まず第一に、コンディションに恵まれたこと。登りの時点では雪面がしっかり締まり、スノーシューでの歩行も安定していましたし、滑走時にはちょうど良く雪が緩み、春らしい快適なザラメ雪となっていて、非常に滑りやすかったです。

また、天気にも助けられました。スタート時は薄曇りでしたが、行動が進むにつれて晴れ間が広がり、山頂付近では見事な展望を楽しむことができました。開放感あるオープンバーンを、絶景の中で自由に滑れる贅沢は、何ものにも代えがたい体験でした。

さらに、人が少なかったことも大きなポイントでした。
登山道までの道が開通直後ではありましたが、平日ということもあり登山者は全体的に少なかったです。
とくに新山山頂では、誰もいない静寂の中で達成感を噛み締めることができ、これまでの努力が報われたような気持ちになりました。

全体を通して、雪・天気・景色・静けさ、すべてがバランスよく揃い、最高のコンディションで鳥海山を楽しめた一日となりました。

改善すべき点

全体的に満足のいく山行でしたが、新山への登頂ルートのリスク管理については、あらためて意識を高める必要を感じました。今回は慎重に行動し問題はありませんでしたが、雪の状況や天候によっては無理をせず引き返す判断も大切だと痛感しました。

次回はこれらの点を意識して、さらに安全に、そして余裕をもって楽しめる山行を目指したいと思います。

まとめ

鳥海山バックカントリーの魅力

鳥海山のバックカントリー最大の魅力は、なんといってもスケールの大きな自然の中を滑る体験にあります。
標高2,236mの独立峰である鳥海山は、登れば登るほど周囲に遮るものがなくなり、山頂付近では360度の大パノラマが広がります。眼下には日本海がきらめき、遠く男鹿半島や月山を望むこともできる、まさに絶景の舞台です。

そして、山頂周辺に広がる広大なオープンバーンも、滑り手にとってはたまらない魅力。
春の適度に緩んだザラメ雪を自由に滑りながら、自分だけのラインを描くことができます。
地形も単調ではなく、微妙なうねりや傾斜の変化があるため、地形を読みながら滑る楽しさも味わえます。

また、行動中に感じる静寂と孤独感も鳥海山ならでは。
都市部の喧騒から離れ、ただ雪と空と自分だけの世界に没頭する時間は、日常では得られない特別な体験です。
特に人の少ないタイミングを狙えば、まるで自分だけのために広がる雪山を満喫できる瞬間にも出会えます。

最後に、新山山頂まで登り切ったときの達成感
登攀自体も手ごたえがあり、決して簡単ではないだけに、無事に登り切ったとき、そしてその後の滑走で山を下りるとき、鳥海山は心に深く残る山行となります。

壮大な自然と雪、滑走の喜び、静けさと達成感。
それらすべてを味わえるのが、鳥海山バックカントリーの大きな魅力です。

【日本百名山】鳥海山 雪山登山【バックカントリー】 / HAL9000さんの鳥海山・七高山・笙ヶ岳の活動データ | YAMAP / ヤマップ

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